新しいiPadに思う、Appleのデザイン哲学とブランド力


自分は買ってませんが、新しいiPad(3rd Generation)の話題が絶えない日々が続いています。
その中見た目がでiPad2とほとんど変わらないコトをやや否定的に見る捉え方もあるようですが、そうでない見方もあったりします。
自分はこの不変のデザインにアップルのブランド力というか、だからこそ持つ訴求力みたいなものを感じたのですが、今日はそれに関して書きます。



例えるならドイツのBMWとかVWみたいな感じだと思うのですが、そこには『誰がどう見てもBMW』というデザインの説得力があります。決してキドニーグリルが着いていればBMWというワケではなくて。
世の中のニーズが変わればそれに応じてデザインも変わりますし、背の高い4WDとか新しい車種も追加されます。それでも見れば『あぁ、BMWですな』誰でも判別するコトができるという・・・これがブランド力というモノではないでしょうか。時代を超えて消費者を魅力するというのもそうです。


ジョブズ氏復帰後の初代iMacからの製品デザインには、そういったデザイン上での主張が感じられる気がします。そしてMaciPodiPhoneiPadと、製品のジャンルが異なっても一目でアップル製品と判別させられる一貫した“良いモノ感”がそこにはあるように感じられるのです。
BMWもずっと長い時間をかけてブランドを築いてきたように、一朝一夕に成せるものではありません。
しかしまぁ、そこはコンピュータ産業は自動車産業よりもまだ歴史が浅いワケで、Appleは今まさにそのブランドイメージを築いている最中だと思うワケです。
つまりiPadのデザインが変わらないコト自体がAppleのブランド戦略”というのが自分の見方です。


現に自分が吸い寄せられるように『よし、MacBook Air買おう』購入に至ったのもiPhoneがありiMacがあったからこそなワケで、そこにはずっと触ってきた『Appleというモノ』に対する期待と安心があったからです。


自分はWindowsAndroidも大好きなので悪く思うコトはありませんが、日本のメーカーがこぞってリリースするそれらを搭載した国産の端末からはそういった一貫した世界観というものを感じることができないのは事実です。


ここ最近でMacの販売台数がこれまでにないペースで増えてきているのも、こういった『アップルの製品なら何か楽しいコトがありそう』という得体の知れない期待みたいなものが感じられるからではないでしょうか。それこそがアップルの思うツボなワケで今日はこんなところです。